Zero-Alpha/永澤 護のブログ

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明野村A




2005.2.3.
*研究課題

1.研究課題(ステートメントと視野)
在宅福祉サービス提供事業者職員における「普遍化された優生主義仮説」の妥当性検証の試み
――「会話的文章完成法(Conversational Sentence Completion Test)」を活用した意識調査結果の分析を通じて

2.研究の背景と目的
近年、世界的に「遺伝子レベルの障害」が、難病等の発症要因として注目されている。「遺伝子レベルの障害」がもたらす諸問題の克服はきわめて困難な課題であるが、医療・保健領域と統合されつつある社会福祉の政策領域においても主要な課題となっている。先端医療の現場を見ると、着床前受精卵の遺伝子診断や母体血清マーカーの遺伝子検査は、根治不可能とされる遺伝性疾患(単一遺伝子病)の発症が予測される子どもの出生の予防にとどまらず、多因子遺伝病とされる「生活習慣病」の遺伝素因を持つ子どもの選別を事実上の目的としている。また、現在、生活習慣病に罹りやすい体質や攻撃性、社会性に関わる原因遺伝子に言及する言説が目立ってきている。だが、生殖細胞系列(卵、精子、受精卵および初期胚)の選別あるいは「改造」というテーマについて論議する準備は整っていない。こうした状況において、本研究が焦点を当てるのは、今後、予防を目的とした予測医療の潮流が、社会福祉政策の実践をどの程度方向づけていく可能性があるのかというテーマである。例えば、母体血清マーカーの遺伝子検査は、不特定多数を対象とするマス・スクリーニング方式に適合する。すなわち、マス・スクリーニングを実施しなかったとしても、個々の検査に健康保険を適用するなら、実質的に国民を遺伝的リスクに従って選別することになる。
ここで、選別という表現を「予防」という表現に置き換えるなら、近年、社会福祉政策と公衆衛生政策が新たな潮流において接近してきたことに気づく。厚生労働省の「第4次保健事業計画」と「健康日本21計画」に見られるように、いわゆる生活習慣病が慢性疾患化する高齢社会に対応して、近年の社会福祉政策は、要介護状態の予防を政策目標にするようになってきた。こうした現状において、「個人、カップルの自由な選択(自己決定;以下同様)による遺伝性疾患の診断、治療、予防」という、WHO主導でグローバル化したともいえる「新優生主義(Neo-eugenics)」理念の実践(cf.根村 2000.etc,)が、要介護者の、さらにはリスクグループの選別につながるのではないかという問題が浮上してくる。
ここで、このような理念が介護される者、とりわけ要介護度が高いとされた者にどう関わるのか、という問題を提起したい。要介護度が高いとされる状態は、適切な介護がなければ、一般にADL(日常生活動作能力)・IADL(手段的日常生活動作)・QOL(生存/生活の質)が低下し、余命が短縮されると考えられる。しかし、適切な介護がなされた場合には、たとえ要介護度が高い状態へと移行した後でも、ADL・IADL・QOLの向上につながり得る。
逆に、たとえ介護されたとしても、介護される者のADL・IADL・QOLの維持や向上につながらず、むしろ低下してしまう場合は、深刻な状況と見なされるであろう。例えば終末期医療・介護の現場において、本人が自己決定困難または不可能な状況にある場合、そうした状況は無意味な延命状況と見なされてしまう可能性がある。つまり、場合によっては、介護されても無駄だとされてしまうのである。とりわけ生存/生活の質を階層化しつつデータ化するQOLという尺度は、こうした状況を正当化する機能を果たしてしまう可能性を持っている。この場合、「尊厳死」の理念の実践は、上記のような延命状況を予防すべき事象として社会的に構築する可能性があり、「新優生主義」の実践と結びつくことになる。
これに関連して、2004年3月7日付朝日新聞の記事では、次のような問題が指摘されている。「国内大手(製薬会社:引用者付記)は一部が欧米での臨床試験で遺伝子解析をしているが、国内では皆無に近い。「日本では究極の個人情報である遺伝子検査に対する患者の抵抗感が強く、倫理指針がない現状では同意を取るのは難しい」と大手首脳は話す。オーダーメードの時代が、製薬会社の収益をどう左右するかも見えていない(中略)多くは研究開発費が従来よりも増えるのに、患者が絞り込まれ、収益が期待できないのではないかという懸念を持っている」。
注目に値するのは、こうした製薬会社の懸念に対して、記事で紹介されている「バイオバンク」プロジェクトリーダーの東大医科学研究所の中村祐輔教授が、「製薬会社が後ろ向きなのは残念(中略)寝たきりの人が歩けるようになれば社会保障負担も減るわけで、医療経済学トータルで考える発想が必要だ」と述べていることである。このように、今後の社会福祉政策実践に大きな影響を及ぼし得る者が、「寝たきりの人」=社会保障負担増加の主要ファクターという見方をしてしまう点に問題を見ることができる。
以上のような社会的背景の下で、本研究では、現時点においてこうした「個人、カップルの自由な選択による遺伝性疾患の診断、治療、予防」という理念が、社会福祉の現場においてどの程度、そしてどのような様態で浸透していると言えるのかの検証を目的とする。
ここで、鍵概念の定義を示す。まず、「優生主義(Eugenics)」を、正/負(+/-)の価値軸に応じて構築された社会集団の選別を目指す思想と実践の総体とする。この思想と実践は、本研究においては、「この私の(または誰かの)生存(+)が、他の誰かの生存(-)よりも一層生きるに値する」という言説形態によって明示化され得る意識的または無意識的な信念にもとづくと仮定している。本研究では、この信念を「普遍化された優生主義」と呼ぶ。
次に、「新優生主義」は、個人、カップルの自由な選択による遺伝性疾患の診断、治療、予防を推進する思想と実践の総体と定義される。言い換えれば、「新優生主義」とは、個人、カップルの自由な選択による遺伝性疾患の診断、治療、予防を推進する過程を通じて、正/負の価値を持つ社会集団を構築し選別する思想と実践の総体である。

3.研究の重要性
本研究が課題とする「普遍化された優生主義仮説」(後述)の妥当性検証の試みは、個別的社会福祉援助実践(ミクロレベル)と社会福祉政策実践(マクロレベル:Policy Practice)の関係性の考察を目指している。本研究は、ミクロレベルとマクロレベルの関係性を今後研究していく上での土台を構築する試みである。本研究によって、上記ミクロレベルとマクロレベルを媒介する「普遍化された優生主義仮説」という仮説的レベルを、今後実証的に分析するための方法論を構築する意義があると考える。
また、先端医療の問題など複雑化する社会的問題に対応する援助の質を高めるためには、社会福祉専門職者の実践をクライエントとの関係において根本的な視点から見つめ直さなければならない。それは、現状においてはいまだ欠落しているとも言える、現在及び近未来の社会福祉の実践倫理を問う試みでもある。
なお、本研究が主題的に分析するのは、「ハイテクノロジーによるQOL向上」としてイメージされ得る事例である。その際、政策レベルで基準となるQOL概念に関しては、「健康日本21 総論参考資料 参考1 健康指標の意義と算出方法」の記述を参照できる。それによれば、まず、「第1節 健康指標の意義と算出方法」において、「健康日本21は、健康寿命を確保するためにその集団の健康負担を評価して、政策を決定するものである。このためには、健康寿命を一つの基準として、健康負担を定量的に評価することが必要である。健康寿命に対して健康負担を評価する考え方として、以下のような指標が考えられる」とされ、それら指標の一つとして「QOL指標」が挙げられている。ここで「QOL指標」とは、「死亡や健康障害により日常生活に制限を受けることが無くとも、生き甲斐を持って自己実現を果たせるような日常生活を過ごしているか否かを評価するものである。目的にしている生活の質であるQOLがどのような状況にあるかを定量的に評価する指標が含まれる」と定義されている。具体例であるEuroQOLは、「5つの項目属性(移動の程度、身の回りの管理、ふだんの活動、痛み/不快感、不安、ふさぎ込み)について、VAS(visual analogue scale)によって評価」するものである。また、「QOLに関する調査法は、すでに幾つか提案された調査法が存在するが、国際的に標準化された同じ調査法を使用することが望ましく、同一の調査法を用いてQOLを測定していくことが望まれる」と述べられている。従って、わが国を含む国際的な政策レベルでは、今後各国独自の換算式を組み込みながら、QOL指標とそれによる評価が一元的に標準化されていくことは間違いない。すなわち、医療保険福祉の政策レベルにおいては、「個々人のQOLは一元的な尺度により階層序列化可能である」という信念(後述)が政策決定上のパラダイムとなっている。この意味で、必ずしもこうしたパラダイムを批判的に捉えるのではなく、上述したミクロレベルとマクロレベル(政策パラダイムとその政策的実践)の関係性という観点から冷静に考察していく必要があると考える。
最後に、本研究の意義に関して、次の言葉を引用したい。
「個々人の能力と集団の特性を直結させて考えるような社会は、とても危険な道を歩むことになる。社会がそのような方向に進みそうなときには、それに全力で抵抗しなければならない」
(Little,P, Genetic Destinies,Oxford University Press,2002. 『遺伝子と運命』ピーター・リトル著
講談社 2004年 p.517.)

4.研究目標
本研究は、在宅福祉サービス提供事業者職員に対するアンケート形式の意識調査結果を分析することによって、「普遍化された優生主義仮説」の妥当性を検証することを研究目標とする。

5.検証する仮説、または調査したい質問
まず、仮説の基本成分としての「普遍化された優生主義」を、「この私の(または誰かの)生存(+)が、他の誰かの生存(-)よりも一層生きるに値する」という言説形態によって明示化され得る意識的または無意識的な信念とする。この信念は、「個々人のQOLは一元的な尺度により階層序列化可能である」という「信念2」へと移行していく可能性を持つ。さらに、この「信念2」は、「テクノロジーの介入による個々人のQOL向上は正当化され得る」という「信念3」へと移行していく可能性を持っている。なお、上記の「普遍化された優生主義」は、必ずしも意識されている必要はなく、もしそれが無意識的状態にあるなら、その信念は本研究が試みる「会話的文章完成法(Conversational Sentence Completion Test)」を活用したアンケート調査を通じて意識化され得ると仮定する。なお、本研究では、上記無意識的信念の意識化という課題にとって、必ずしも通常のアンケート形式が有効であると考えない。特に、本研究が対象とする社会福祉職従事者の場合、「職業人としての常識」がそのまま抽出される可能性が高く、必ずしも個人としての信念が抽出されない可能性がある。また、自由筆記法を取ることで、上記テーマで通常のアンケート調査に回答することへの心理的抵抗感を緩和できる。
以上の前提の上で、「普遍化された優生主義仮説」を次のように定義する。
普遍化された優生主義仮説:ある個人Aが、「この私の(または誰かの)生存(+)が、他の誰かの生存(-)よりも一層生きるに値する」という言説形態において明示化し得る意識的または無意識的信念を持つ。
従って、本研究が妥当性を検証する「普遍化された優生主義仮説」とは、在宅福祉サービス提供事業者職員が、「この私の(または誰かの)生存(+)が、他の誰かの生存(-)よりも一層生きるに値する」という言説形態において明示化し得る意識的または無意識的信念を持つ、というものになる。本研究では、上記「信念3」に関わる事例を組み込んだアンケートを実施する。なお、本研究は、今後の研究の方法論的端緒として位置づけられている。このことにより、上記「普遍化された優生主義仮説」は、厳密には独立・従属変数間の因果的関係を推測する形式にはなっていない。このことは、ある個人に関する「会話的文章完成法」の分析結果=変数1と他の変数=2との関係が今後検証可能な仮説となることを意味する。
 以下において、「会話的文章完成法」を応用したアンケート調査について具体的に述べる(『心理アセスメントハンドブック 第2版』上里一郎監修 西村書店 2003年 pp.232-246を参照)。
1.アンケート用紙について(用紙に注記として明記)
一般的教示:名前・所属等の個人情報に関して無記であること。但し、年齢(「20代」等の階級のみ記述)・性別の記入欄はある。他の人と相談したりしないで自分だけで記入する。その他、(前掲書p.235を参照)「回答に時間制限はない」「どのように書けば正解ということはない」「訂正は2本線で行うことが望ましい」といった教示が必要である。
2.会話文のサンプル
下記のそれぞれのa欄の発話文を読んで、最初に頭に浮かんだ言葉をb欄に記述して、会話文<a>-
<b>を完成させて下さい。
1.<a:子どもが生まれてくる前に遺伝子を治療して、今まで治らなかった病気をあらかじめ治すことができるかもしれない>
<b:(この欄のスペースはある程度余裕を持たせる)
  >
(以下略)

*文献調査 

6.既存の調査・研究結果
「生命倫理」に代表される理論的フレームにおいて、近年の「新優生主義(優生学・優生思想)」の潮流を何らかの形でテーマ化した社会学的研究はすでに様々な形で行われており、研究文献も蓄積されている(「文献表」を参照)。特に、近年のグローバル化を視野に入れた根村直美の「WHOの<健康>の定義」(『現代思想』28-10,2000年,pp153-169.)はその一例である。社会学的考察からさらに踏み込んで、本研究で取り上げる遺伝子診断等の先端医療の臨床現場におけるケア・カウンセリング倫理を主題化した最新の研究として、玉野井(2004)、伊藤(2004)などがある。これらの研究は、「新優生主義(優生学・優生思想)」の潮流を明確に視野に入れているが、こうした研究の蓄積はまだ十分とはいえない。また、厚生労働省専門委員会の議論においても、先端医療現場におけるケア・カウンセリングを効果的に行う上での社会的・制度的基盤がわが国においては不十分であることが指摘されている(下記厚生労働省ホームページ資料参照)。他方、社会福祉プロパーの研究領域において、現状における先端医療の急速な進展を主題化した研究、とりわけ上記テーマを主題化した先行研究は筆者の見る限りでは存在せず、この点で研究の大きな遅れが生じている。また、広く「(新)優生主義(優生学・優生思想)」をテーマ化する社会学的研究であっても、それら研究のほとんどは、(1).社会福祉領域を事例にした研究ではなく先端医療の領域に限定したものか、または科学史等の歴史学領域における研究である、(2).先端医療現場の個々の臨床的事象またはそれに関連した社会現象の質的解釈に限定された研究が主であり、上記テーマに関する客観化可能なデータの収集と分析を組み込んだ調査研究ではない、という共通点を持っている。従って、既存の研究においては、本研究のように社会福祉の実践現場を事例とした調査結果の言説分析を主体としながら、客観化可能なデータと突き合わせて分析精度を高めるという方法論に基づく研究は見られない。

7.既存の調査・研究結果との関連
ここでは、先端医療の臨床現場におけるケア・カウンセリング倫理を主題化した研究との関連に絞って述べる。伊藤(2004)は、「米国人類遺伝学会による1975年の定義では、クライエント自らの家族目標や倫理的宗教的基準に照らして適切と見られる「選択」と、それに合致した「行為」がなされるように援助されることが目指されている。そのためには、遺伝医学的事実をクライエントが理解することがまず、必須とされた。しかし、今日、これは決して容易なことではない(中略)米国人類遺伝学会の定義が提示された際、遺伝カウンセリングのチームに精神科医や臨床心理士が加わることは有益であろうとの示唆がなされていた。しかし、現状では、米国において、これらの職種がチームに加わっていることは報告されていない」(pp.53-54)と述べている。先端医療現場におけるケア・カウンセリングを効果的に行う上での社会的・制度的基盤を作るためには、医療現場との連携を迫られる社会福祉専門職者の意識を客観化可能なデータとして明らかにしていく必要がある。また、本研究が「投影法」に分類される「会話的文章完成法」による調査結果の言説分析という方法論を取ることに関連して、伊藤(2004)は、上記論文において「クライエントの意思決定が、意識的な次元での「自律的な判断」から、無意識から生まれた「主体的判断」へと移行する過程に同行することによってもたらされた(中略)その苦しみはまさしく病気の遺伝子を子孫に継承させまいとする苦しみであったといえよう。クライエントはこの病を自分の家系から取り除かねばならないと懸命であった。他方、娘は、次子を産むか産まないかは自分で決めることだと言いつつも、このような母の意向を無意識に汲み取っていたのであろう、次子を産まないという結論に至っていた。しかし、その心境は複雑であった」(pp.54-54)と述べている。また、玉野井(2004)は、「そこにはゴリゴリの優生思想の持ち主と、博愛思想の持ち主という、二種類の女性がいるわけではない(中略)「障害」を理由に子どもを拒む女性には、自分の辛さがどういうものなのか、語る言葉を獲得する前に、語らなくてもいいからそこにいてもいいのだという場が提供されなければならない」(p.115)と述べている。本研究の方法論は、こうした状況において、今後社会福祉専門職者がクライエントに向き合いながら、クライエントの無意識を汲み取ることを要求される際に、まずは援助者自身の意識的・無意識信念を対象化することが重要であるという観点から構想されている。

8.研究課題の概念、理論の枠組み
本研究は、「投影法」の一類型である「文章完成法」を応用した「会話的文章完成法」を活用することにより、被験者の潜在的な(必ずしも十分に意識化されていない)「信念」を言語化し分析可能なデータにするという方法論を取る。「会話的文章完成法」がそのモデルとする「文章完成法(Sentence Completion Test)」による分析を基礎付ける理論的仮説(Stein,M.I,1947.)を以下に示す(『心理アセスメントハンドブック 第2版』上里一郎監修 西村書店 2003年 pp.235-236.)。
(1).被験者は、頭に浮かんだ最初の考えを書き入れるよう強いられているので、通常はその考えをチェックできないまま重要な情報として検査者に提供することになる。
(2)構造化されていない場面を完成、あるいは構成するような課題に直面するとき、人は自己の欲求や感情の本性を示唆するような反応を示す。
(3)他者について語るとき、人はしばしば自分自身をあらわにするものである。
さらに、言語化されたデータは、以下に述べる「言説分析」の方法論によって分析される。
一般に、「社会構築主義アプローチ」は、社会的に形成された「物語モデル(narrative model)」として理解されることが多い。臨床的モデルとしては、「物語性(narrativity)」の水準におけるアイデンティティー構築過程に着目した「ナラティヴ・セラピー論」が知られているが、本研究が準拠するのは、J.バトラー及びバトラーが理論的土台としているM.フーコーの言説分析の方法論である。バトラーとフーコーに共通するのは、単に個人=物語の社会的形成過程を抽出し「現象学的に再構成する」のではなく、通常は無意識なものにとどまる個人の態度や構え自体が、さまざまな社会的・制度的・歴史的コンテクストを構成する「言説実践」において構築されていることに注目する点である。特に、フーコー(1969)は、個人が社会的に構築されていく過程で、「発話行為」や「書く行為」として実践・反復される一群の言説を「言表(enonce)」として主題化した。本研究が採用する「言説分析」は、厳密には、この意味での「言表分析」であり、会話的文章の完成という「言説実践」を分析することを目標としている。この場合、被検者に提示される文と被検者の「言説実践」によって完成される会話文が「言表」となる。この「言表分析」により、ミクロレベルとマクロレベルの関係性の考察が可能になる。
「普遍化された優生主義仮説」との関連で本研究が注目するのは、遺伝性疾患の診断、治療、予防を可能にするテクノロジー的基盤が成立して以降における、社会福祉の法制度と結びついた「言説実践」である。日本におけるその法制度の一例として、遺伝子診断等のテクノロジーが急速に進展した90年代末(1997)に成立し2000年に施行された「介護保険制度」を挙げることができる。従って、本研究では、介護保険の現場に従事する在宅福祉サービス提供事業者職員を調査対象者とする。なお、言説分析は、有効性が試される一つの方法に過ぎない。この点を考慮して、本研究においては、客観的データ分析が言説分析と相互補完的に統合される。

*研究方法

9.研究の対象、標本
 研究対象者は、「会話的文章完成法」を活用したアンケート調査の対象者、言説分析の対象者ともに同一とする(言説分析は、アンケートの回答者の会話文を対象とする)。具体的には、民間株式会社である(指定居宅サービス・指定居宅介護支援)事業者に所属する常勤・非常勤職員(ケアマネジャー・ケアコーディネーター・ホームヘルパー)50名を調査対象者とする。

10.調査・研究のデザイン
 上記対象者に対して、アンケート調査を実施し、(1)各回答の点数及び各回答者の点数の合計点を「仮説肯定度スケール」により3段階に区分した結果の統計分析、(2)会話文の言説分析を行う。これら両分析は、本研究においては相互補完的に統合される。

11.データの収集方法
 上記事業所に所属する常勤職員(ケアマネジャー)を通じて対象者にアンケート用紙を配布する。回答は自己式で収集は郵送方式とする。

12.データの測定器具〔尺度〕
「会話的文章完成法」がモデルとする「文章完成法」は、「社会的適応度の予測」、「自己概念」、「達成動機」等のさまざまな変数の分析においてその妥当性が検証されている。この方法の変形である「会話的文章完成法」による各回答者による記述は、本研究においては、「普遍化された優生主義仮説」に対する関係において、肯定タイプ(親和的)=2点、否定タイプ(非親和的または批判的)=0点、どちらとも言えない(中立的または判別不能)=1点という形で点数化される。この手法に関する先行研究を以下に示す。
「下中と村瀬(1975)は、老人用SCTの作成を試みているが、SCTは、老人の関心、態度、感情、欲求など、その生活空間や行動での諸特徴を探索的にとらえることができ、しかも構造化しやすいなどの利点があるとしている。老人用SCTは、表21-1にある33の刺激文で構成され、検査時間の制限はなく、適用範囲は60歳以上の高齢者としている(中略)項目の判定は、主に1.肯定的感情反応、2.否定的感情反応、3.中立的反応に分類される。例えば、価値イメージ(表21-2参照)では、第4項目「生きるということは……」で、「賛美」、「肯定的価値づけ」、「感謝」、「願望」などを含む内容の反応文が書かれていれば、肯定的感情反応(表中ではPosで表示)に、「困難感」、「拒否感」、「消極的価値づけ」などの内容が含まれていれば、否定的感情反応(表中ではNegで表示)に分類される。第12項目「死というものは……」についても同様に、Negの欄の内容は否定的、Posの欄の内容は肯定的な反応に、Ntの欄は中立的な反応に分類される」(『心理アセスメントハンドブック 第2版』p.238.)。
さらに、具体的な記述の例として、「生きるということは……」の場合、Pos=「すばらしい、大切なことである、たいへんだが社会の役にたちたい、人のためにつくしたい」、Neg=「困難多く楽ではない、年を取っては善し悪し、もうたくさん」が、また「死というものは……」のNtとして「考えたことなし」が挙げられている(前掲書 p.239.)。
また、各回答者の点数の合計点は、「仮説肯定度スケール」によって高・中・低の3段階に区分される。合計点を変数=1として他の変数=2との関係を検証可能な仮説とすることができるが、3段階区分の「文章完成法」により測定した「達成動機(変数=1)」と複数の変数=2との相関関係を分析した先行研究が存在するので以下に紹介する。
 「検査は、30の刺激項目(うち3項目は緩衝用)で構成され、実施時間は30~40分程度、実施は集団法でも個別法でも可能、適応範囲は小学校高学年から中学校低学年とされている。各刺激項目ごとに、達成動機を含む反応(AI-achievement imagery)、含むかどうか疑わしい反応(TI-doubtfull imagery)、含まない反応(UI-unrelated imagery)に判定がなされ、それぞれに対してなされるAI=2、TI=1、UI=0のスコアリングの合計が、個人の達成動機得点とされる(中略)この検査の妥当性は、小学校6年生男女114名を被験者とした調査で検証されている。その結果として(中略)10項目に関する教師の5段階評価に基づいて構成された上位―下位群において、SCT達成動機得点は5%水準で有意差が認められた。2.主要4教科の学力テストの成績に基づく上位―下位群においても、1%の有意水準でSCT達成動機得点に有意差があった。3.SCT達成動機得点に基づく上位―下位群において、連続加算作業検査における作業員に1%有意水準で差が認められた」(前掲書pp.243.)。

13.データの分析方法
 (1)各回答の点数及び各回答者の点数の合計点を「仮説肯定度スケール」により3段階に区分した結果をSPSSを用いて統計分析する。分析方法は、単純集計・クロス集計・相関関係とする。(2)統計分析結果と照合しながら、会話文の言説分析を行う。これら両分析は、本研究においては相互補完的に統合されるが、必ずしも(1),(2)の順序で段階的に行われない。例えば、「仮説肯定度スケール」を3段階に区分する際の具体的な述語カテゴリー(共通した特徴をもち頻度の高いもの)と点数(境界値)は、言説分析を通じて選択・決定される。


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